○過剰と逸脱考

○過剰と逸脱考

青年将校たちに、犬養毅が「話せば分かる」と説得するも、彼らに暗殺された5・15事件のことをが今朝方脳裏をよぎった。たぶん、このところ、9・11後のアメリカで大ヒットした「24」のDVDを数日でシリーズ2までを一挙に観た影響かも知れない。今日、書こうとしていることは、この世界で何気なしに生きている僕たちにとって、ぜひとも考えておくべき素材だ。ちっぽけなものかも知れないんだけれど。


ジャック・バウワーという切れ者、凄腕、常軌を逸した覚悟のよさ、その主人公がテロ対策という任務に就いて命を賭けるのは、アメリカ国家を守るため、ということになっていて、表層的に観ると、ジャックの活躍も詰まるところ、アメリカ政府にとっての都合よき「正義」の代弁者、及びプロパガンダとしての役割の具現化だろう、という思いに駆られてしまいがちだ。プロットの進行が早くて、(アメリカのテレビドラマはこの点ではよく似ている。ERもそうだった)どんでん返しの連続が観る者を釘付けにしてしまう。特にシリーズ2の中東3国へ核爆弾の報復と称して宣戦布告しようとする下りは、戦争による石油価格の値上がりで大儲けを企む人間たちの陰謀だし、それに呑み込まれてしまう政治家たちの姿が果断なく描かれる。ある意味、人間関係で悩んでいる人たちは、こういう、どこの誰を信じたらいいんだろう?という陰謀、画策に満ち溢れるドラマを観たら、ショック療法的な効用があるかも知れない。このドラマと比べれば、俺の/私の生きているこの世界は平和だわ、と思えるのかも。あるいは、平和そうに見えるこの世界も、ドラマと同様のことが知らぬところで起こっているのかも知れないと考え込んでしまう人もいるだろうから、お気楽にはお薦め出来ない。

他者の裏切り、見切りなどは日常茶飯事。過酷・残酷の連鎖の物語のように見えて、このドラマの底流には、人を信じることの意味が、深いところで見え隠れする。あるいは、多少嘘くさくても、ヒューマニステックな言動が各所に散りばめられてもいる。犬養毅をピストルで打ち抜いた青年将校たちは、思想が肥大している。戦争の勃発を画策してまで儲けようとしている人間は欲望が肥大している。ジャック・バウワーは?諜報部員としての任務遂行から、常に逸脱していく。諜報部員は上からの命令が絶対なのに、ジャックは自分の直感に常に忠実だ。組織からの逸脱は即刻禁固刑か、よくて解雇だろう。あるいは、悪くすると死だ。が、ジャック・バウワーの支持者は、アメリカ大統領その人だ。さらに、ジャックの逸脱に翻弄されながらも、翻弄されることで、物事の真偽を自分で考えようとする仲間も出てくる。

人間の言動の中に、独善的な過剰ーこれを思想の肥大と云ってもよいーが現れ出たとき、人は進むべき道を踏み外す。思想の肥大から得られるものなど何もないからだ。同様に、世の中の決まり事の検証もやらないで、ただただ、権威に忠実なのも、人の心を腐らせる。誰も信じて疑わない決まり事を角度をズラせて視ること。そうすれば、物事の刷新という可能性が視えて来る。これが逸脱という概念に込められた重要なメッセージだ。と、考えたところで、「24」の3シーズン以降のDVD、観たくなってきましたよ。読みたい本、そっちのけで観ているんだから、もう止めようと思っていたのに、ねえ。

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長野安晃

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