○あざとい広告や。
○あざとい広告や。
文芸春秋が、芥川賞受賞者の二人、朝吹真理子と西村賢太の写真を対比させて、新聞一面ぶち抜きの広告を出したのを見て、分かりきってはいるけれど、まあ、これをなんと称したものか、と考えていたら、あざとさ、という表現が頭を掠めた。いや、もっと次元の低い対比で云えば、聖と俗、美と醜、さらに言い古された対比的表現で云うならば、美女と野獣か。まあ、ひとりひとりを見ていると、朝吹が聖的でも美的でもなく、西村が俗的でも醜悪なのでもない。そういう対比で読者の興味を惹こうとする文芸春秋の魂胆があざとい、ということなのだろうか。ちなみに、お笑いなのは、このふたりを対比させるためのキャッチコピーが、「海辺の別荘」vs.「日雇い現場」とくるからやってられない。さらに、二人のインタビューにインタビューアーがつけたタイトルが、朝吹のを「文学の名門に生まれたゆえの苦悩」とし、西村のを「{中卒・逮捕歴あり}こそわが財産」などとなっているのを見るにつけ、別にこんなことを広告にしなくても、西村の作品群は絶対に読まれると言いたいけれど、まあ、朝吹のような作品を好む層もいるだろうし、読者の掘り起こしという点では成功か?
おっと、今日はそんなことをここに書くつもりではない。西村賢太が登場するにつけ、平成の時代に再臨した私小説家などというようなコピーが流布しているので、待ったをかけたい気分で書きはじめたのである。
勿論、日本文学の潮流の中には、明確に「私小説」というジャンルが存在し、それが日本文学史の中に位置づけられてはいるが、どうも、そもそもこの私小説というものが、僕には信用できないようなのである。その理由は至極簡単である。私小説というジャンルが出来たのは、作家たちの自由奔放な生き方の中から文学の素材を拾い出してきたことが、いつしか過剰になった結果の産物である。作品を書くために作家が自らの生活そのものを作品素材にしやすいように、意識的に生活の中の、非日常性を膨らませて生まれ出た作品を指して、私小説、あるいはそれらの作品を書いた人間を私小説家と称したのであるが、僕にはどうもこれがそもそもおかしい、と思うのである。素材を何にとるのかは、実はどうでもよくて、作品に仕上げる段階で、それが私小説であれ、その他のジャンル分けをされている作品であれ、そこに、虚構性なき小説創造などそもそもあり得ないわけである。私小説と呼ばれているジャンルの作品において、登場人物に、作家その人を含めて登場人物の実名や、作家の言動を作品の素材やプロットに使ったとしても、出来あがった作品それ自体が、事実そのものとはまったく異なる次元のものとして仕上がるのが、創造性というファクターを介在させた小説空間なのだから、これが私小説というジャンルそのものの存在理由を否定してしまうのは、当然の成り行きなのである。
たとえば、事実そのものとしてのルポルタージュという手法を考えてみても、ルポルタージュを書く人間の思惑が事のはじまりから入り込んでいるわけで、ルポを書く人によっては、同じ現実的な事象が、まったく異なった事象として描かれる可能性が大きいということを想起すれば、私小説というものの小説空間の中で繰り広げられた事実を媒介とした事件や事象が、リアルを超えた創造的な物語になるのは必然的な帰結ではなかろうか。つまりは、日本文学史における私小説というジャンルとは、一皮剥がすと、それは当時まだ厳然としたかたちで残っていた文壇という特別な階層にいる作家たちと、彼らを経済的に支え、そのことによって、より高い収益を見こんでいた出版社との慣れ合いの結果出来あがった虚構的な経済システムの別称だと、僕は考えているのだが、みなさんは、どのような認識をお持ちだろうか?
西村賢太が、平成の私小説作家なのかという問いかけそのものが、前記したような、作家と出版社とのかつてのような経済システムだと考えるには、現代においては、あまりにも無理があると思うのである。大手出版社が、あざとい方法論で、利潤をあげようとするのであれば、西村にはもっとあざとく、出版社の意向をせいぜい利用しながら、自らの作品群をどのような文学史的定義も当てはまらないようなものにしてもらいたいものだと、心から願う。
京都カウンセリングルーム htt5p://www.counselor-nagano.jp/
アラカルト京都カウンセリングルームhttp://www.sodan119.jp/ 長野安晃
文芸春秋が、芥川賞受賞者の二人、朝吹真理子と西村賢太の写真を対比させて、新聞一面ぶち抜きの広告を出したのを見て、分かりきってはいるけれど、まあ、これをなんと称したものか、と考えていたら、あざとさ、という表現が頭を掠めた。いや、もっと次元の低い対比で云えば、聖と俗、美と醜、さらに言い古された対比的表現で云うならば、美女と野獣か。まあ、ひとりひとりを見ていると、朝吹が聖的でも美的でもなく、西村が俗的でも醜悪なのでもない。そういう対比で読者の興味を惹こうとする文芸春秋の魂胆があざとい、ということなのだろうか。ちなみに、お笑いなのは、このふたりを対比させるためのキャッチコピーが、「海辺の別荘」vs.「日雇い現場」とくるからやってられない。さらに、二人のインタビューにインタビューアーがつけたタイトルが、朝吹のを「文学の名門に生まれたゆえの苦悩」とし、西村のを「{中卒・逮捕歴あり}こそわが財産」などとなっているのを見るにつけ、別にこんなことを広告にしなくても、西村の作品群は絶対に読まれると言いたいけれど、まあ、朝吹のような作品を好む層もいるだろうし、読者の掘り起こしという点では成功か?
おっと、今日はそんなことをここに書くつもりではない。西村賢太が登場するにつけ、平成の時代に再臨した私小説家などというようなコピーが流布しているので、待ったをかけたい気分で書きはじめたのである。
勿論、日本文学の潮流の中には、明確に「私小説」というジャンルが存在し、それが日本文学史の中に位置づけられてはいるが、どうも、そもそもこの私小説というものが、僕には信用できないようなのである。その理由は至極簡単である。私小説というジャンルが出来たのは、作家たちの自由奔放な生き方の中から文学の素材を拾い出してきたことが、いつしか過剰になった結果の産物である。作品を書くために作家が自らの生活そのものを作品素材にしやすいように、意識的に生活の中の、非日常性を膨らませて生まれ出た作品を指して、私小説、あるいはそれらの作品を書いた人間を私小説家と称したのであるが、僕にはどうもこれがそもそもおかしい、と思うのである。素材を何にとるのかは、実はどうでもよくて、作品に仕上げる段階で、それが私小説であれ、その他のジャンル分けをされている作品であれ、そこに、虚構性なき小説創造などそもそもあり得ないわけである。私小説と呼ばれているジャンルの作品において、登場人物に、作家その人を含めて登場人物の実名や、作家の言動を作品の素材やプロットに使ったとしても、出来あがった作品それ自体が、事実そのものとはまったく異なる次元のものとして仕上がるのが、創造性というファクターを介在させた小説空間なのだから、これが私小説というジャンルそのものの存在理由を否定してしまうのは、当然の成り行きなのである。
たとえば、事実そのものとしてのルポルタージュという手法を考えてみても、ルポルタージュを書く人間の思惑が事のはじまりから入り込んでいるわけで、ルポを書く人によっては、同じ現実的な事象が、まったく異なった事象として描かれる可能性が大きいということを想起すれば、私小説というものの小説空間の中で繰り広げられた事実を媒介とした事件や事象が、リアルを超えた創造的な物語になるのは必然的な帰結ではなかろうか。つまりは、日本文学史における私小説というジャンルとは、一皮剥がすと、それは当時まだ厳然としたかたちで残っていた文壇という特別な階層にいる作家たちと、彼らを経済的に支え、そのことによって、より高い収益を見こんでいた出版社との慣れ合いの結果出来あがった虚構的な経済システムの別称だと、僕は考えているのだが、みなさんは、どのような認識をお持ちだろうか?
西村賢太が、平成の私小説作家なのかという問いかけそのものが、前記したような、作家と出版社とのかつてのような経済システムだと考えるには、現代においては、あまりにも無理があると思うのである。大手出版社が、あざとい方法論で、利潤をあげようとするのであれば、西村にはもっとあざとく、出版社の意向をせいぜい利用しながら、自らの作品群をどのような文学史的定義も当てはまらないようなものにしてもらいたいものだと、心から願う。
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