○テロリストの作法について
○テロリストの作法について
テロリズムはこの世界が続く限り、消滅することのない政治的行為として残存するものである。テロリズムを否定するなら、名誉の戦死という美名のもとに行われている戦争や、他国への政治的介入全てが、否定されなければならない。軍事的に圧倒的優位に立っている国に立ち向かうことの出来る、最も経済効果の高い攻撃方法として、テロリズムは存在意義がある。それをあたかも反ヒューマニズムの対象として否定するのは大国の側の論理に過ぎない。敢えて言っておくがテロリズムとは、正当な戦闘行為である。
ただ、いま世界で横行しているテロリズムはテロリズムの名に値しない、卑劣な行為である。何より非戦闘員である市民を巻き添えにして憚らない。これは殺人行為に過ぎない。それも殆どが大量殺人である。以前、混迷するイラクで、精神疾患を患い、正常な判断力を失った女性に爆弾をそれと知らせずに持たせ、遠隔操作で爆弾を破裂させ、大量の犠牲者がでたという。あるいはいたいけな子どもに、爆弾を持たせて、これも遠隔操作で自爆させていることも起こっているようである。こんな卑劣なことを画策する輩にはテロリストを名乗る資格がないどころか、単なる卑劣な殺人者に過ぎない、と批判する。
僕のテロリズムの定義を書いておく。まずテロリストは、政治的な指導者、とりわけ独裁的な行為をごり押しの権力で、やってのけるような人間を抹殺する行為である。そしてテロリストはあくまで政治的トップを狙ってこそのテロリズムの実行者である。非戦闘員を巻き添えにする行為はテロリズムを装った殺人に過ぎない。テロリストは自覚的に己れの死を懸けて、政治的権力者を抹殺する人のことである。その意味においては、一人一殺が原則である。テロリストとして行動しようとするその瞬間から、自己の死を覚悟しない人間にテロリストを名乗る資格はない。テロリストとはあくまで、孤独に死ぬ行く者の別称でもある。さらに言っておくと、テロリストは、自己が、それが自分の側の政治的集団であれ、命じる者のために命を懸ける人間に過ぎないのであり、自分の行為はあくまで、政治的な渦の中において、政治的権力に利用されることを諒解した人間の、ある種虚無的な行為とも言える。論理の飛躍を知った上で言えば、テロリストはすべからくニヒリストでもある。いやニヒリストの感性を持った人間にしか出来ない行為である。そうでない輩が、無関係な非戦闘員を巻き込んだ大量虐殺をやらかすのである。あるいは女、子どもを利用してまで、卑劣な殺人行為を犯すのである。
世に氾濫する「~の作法」という名のお為ごかしの書物が氾濫しているから、敢えてテロリストの作法を書いておこうと思ったのである。民主主義もヒューマニズムも、一皮剥けば、かなり血なまぐさい歴史にまみれた思想である。民主主義を標榜するアメリカの大統領が、どれほど暗殺という血なまぐさい行為の犠牲になってきたかを検証すれば誰にでも民主主義に潜む暗黒の思想に行き着くだろう。民主主義を声高に叫ぶアメリカがベトナムで犯した犯罪的行為は、他国への侵略行為でしかない。底には経済の論理が介在している。戦争とは常に経済の論理が底に在るのだ。当時のアメリカの国防長官のマクナマラは、ベトコン一人殺すのにかかる経費を議会に提出してさえいるではないか。アメリカは凝りない国だ。初めての国内に於ける大量殺人としての世界貿易センタービル破壊によって、多くの非戦闘員である市民を犠牲にさせた。この場合はテロリズムとは言えない、戦闘行為による殺人だ。
しかし、アメリカは一体太平洋戦争で、何百万人の非戦闘員である日本人を、B29型爆撃機からの、有り余る程の爆弾や焼夷弾で殺してきたことだろう。広島と長崎の原爆投下は、敗戦を早めるためなどではない。戦後のアメリカの軍事的戦略のための大量虐殺だった。いまもイラクに介入中だ。その余波が様々な国の国政を混乱させている。アメリカはどこまでも欲張りな国である。どうしてもイラクの石油が諦められない。経済の論理が恐るべき軍事的行為を促している。
戦争はどうも人間には克服しがたい行為らしい。歴史がそれを証明しているだろう。それならば、テロリズムも決して絶えることはないだろう。ただ、テロリストたちよ、あくまでテロリストとしての作法は心得ておくべきだ。一人一殺。政治的トップを狙うこと。非戦闘員は巻き込まないこと。しかし、テロリストたちよ。君たちも経済の論理の犠牲者に過ぎないことを認識しておくべきだ。その意味で筋金入りのニヒリストたれ!
○推薦図書「蒼ざめた馬」 ロープシン著。岩波同時代ライブラリー。20世紀黎明のロシアを彷徨するテロリストたちの張り詰めた心情と愛と孤独が見事に描かれています。内面からのテロリスト像としてはこの書以外に推薦の書がありません。これは二度目の推薦の書です。
京都カウンセリングルームhttp://www.counselor-nagano.jp/
アラカルト京都カウンセリングルームhttp://www.sodan119.jp/ 長野安晃
テロリズムはこの世界が続く限り、消滅することのない政治的行為として残存するものである。テロリズムを否定するなら、名誉の戦死という美名のもとに行われている戦争や、他国への政治的介入全てが、否定されなければならない。軍事的に圧倒的優位に立っている国に立ち向かうことの出来る、最も経済効果の高い攻撃方法として、テロリズムは存在意義がある。それをあたかも反ヒューマニズムの対象として否定するのは大国の側の論理に過ぎない。敢えて言っておくがテロリズムとは、正当な戦闘行為である。
ただ、いま世界で横行しているテロリズムはテロリズムの名に値しない、卑劣な行為である。何より非戦闘員である市民を巻き添えにして憚らない。これは殺人行為に過ぎない。それも殆どが大量殺人である。以前、混迷するイラクで、精神疾患を患い、正常な判断力を失った女性に爆弾をそれと知らせずに持たせ、遠隔操作で爆弾を破裂させ、大量の犠牲者がでたという。あるいはいたいけな子どもに、爆弾を持たせて、これも遠隔操作で自爆させていることも起こっているようである。こんな卑劣なことを画策する輩にはテロリストを名乗る資格がないどころか、単なる卑劣な殺人者に過ぎない、と批判する。
僕のテロリズムの定義を書いておく。まずテロリストは、政治的な指導者、とりわけ独裁的な行為をごり押しの権力で、やってのけるような人間を抹殺する行為である。そしてテロリストはあくまで政治的トップを狙ってこそのテロリズムの実行者である。非戦闘員を巻き添えにする行為はテロリズムを装った殺人に過ぎない。テロリストは自覚的に己れの死を懸けて、政治的権力者を抹殺する人のことである。その意味においては、一人一殺が原則である。テロリストとして行動しようとするその瞬間から、自己の死を覚悟しない人間にテロリストを名乗る資格はない。テロリストとはあくまで、孤独に死ぬ行く者の別称でもある。さらに言っておくと、テロリストは、自己が、それが自分の側の政治的集団であれ、命じる者のために命を懸ける人間に過ぎないのであり、自分の行為はあくまで、政治的な渦の中において、政治的権力に利用されることを諒解した人間の、ある種虚無的な行為とも言える。論理の飛躍を知った上で言えば、テロリストはすべからくニヒリストでもある。いやニヒリストの感性を持った人間にしか出来ない行為である。そうでない輩が、無関係な非戦闘員を巻き込んだ大量虐殺をやらかすのである。あるいは女、子どもを利用してまで、卑劣な殺人行為を犯すのである。
世に氾濫する「~の作法」という名のお為ごかしの書物が氾濫しているから、敢えてテロリストの作法を書いておこうと思ったのである。民主主義もヒューマニズムも、一皮剥けば、かなり血なまぐさい歴史にまみれた思想である。民主主義を標榜するアメリカの大統領が、どれほど暗殺という血なまぐさい行為の犠牲になってきたかを検証すれば誰にでも民主主義に潜む暗黒の思想に行き着くだろう。民主主義を声高に叫ぶアメリカがベトナムで犯した犯罪的行為は、他国への侵略行為でしかない。底には経済の論理が介在している。戦争とは常に経済の論理が底に在るのだ。当時のアメリカの国防長官のマクナマラは、ベトコン一人殺すのにかかる経費を議会に提出してさえいるではないか。アメリカは凝りない国だ。初めての国内に於ける大量殺人としての世界貿易センタービル破壊によって、多くの非戦闘員である市民を犠牲にさせた。この場合はテロリズムとは言えない、戦闘行為による殺人だ。
しかし、アメリカは一体太平洋戦争で、何百万人の非戦闘員である日本人を、B29型爆撃機からの、有り余る程の爆弾や焼夷弾で殺してきたことだろう。広島と長崎の原爆投下は、敗戦を早めるためなどではない。戦後のアメリカの軍事的戦略のための大量虐殺だった。いまもイラクに介入中だ。その余波が様々な国の国政を混乱させている。アメリカはどこまでも欲張りな国である。どうしてもイラクの石油が諦められない。経済の論理が恐るべき軍事的行為を促している。
戦争はどうも人間には克服しがたい行為らしい。歴史がそれを証明しているだろう。それならば、テロリズムも決して絶えることはないだろう。ただ、テロリストたちよ、あくまでテロリストとしての作法は心得ておくべきだ。一人一殺。政治的トップを狙うこと。非戦闘員は巻き込まないこと。しかし、テロリストたちよ。君たちも経済の論理の犠牲者に過ぎないことを認識しておくべきだ。その意味で筋金入りのニヒリストたれ!
○推薦図書「蒼ざめた馬」 ロープシン著。岩波同時代ライブラリー。20世紀黎明のロシアを彷徨するテロリストたちの張り詰めた心情と愛と孤独が見事に描かれています。内面からのテロリスト像としてはこの書以外に推薦の書がありません。これは二度目の推薦の書です。
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